楽農楽写Z

西中国山地の風景だけを撮影する団塊男が定年後、広島県安芸太田町に休耕田付きの民家を借りて、田舎暮らしを楽しんでいます。豊かな自然を紹介しながら、地域の情報を発信します。       

ドック入り

 我が家の耕運機は優れもので、通常の耕運と溝を作る畝立てが出来る。そのためには土を掘り起こすローター部分を逆に付け替える必要がある。ローター部分に手を突っ込んで付け替え作業をしていると、1年ぐらい前から爪の先端が手に刺さることがあった。爪は鋭利な刃物のようになっていた。

 農器具店へ持っていくと、摩耗具合を見た受付の女性が、「わぁー、すごいですね」とあきれ顔。鉄製の爪が簡単にすり減るとは思わなかった。「替えれば掘れ方の違いが分かりますから。それにメンテナンスすれば長持ちします」とサービスマン。購入して6年になる。1度オイルを交換しただけなので、ドック入りすることになった。働き者には、まだまだ頑張ってもらわなくてはならない


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春になるとサービスマンは忙しくなる。ドック入りにはいい時期だ。入院費は2万円程度か

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爪の先端が曲がっていて掘り起こせるのだから、摩耗して平たくなると土を切るだけになる

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6年間のご苦労さん。文句も言わずにありがとう
 

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小さな春

 今年の冬は暖かいと言っていいのだろう。今のところまとまった積雪も少なく、軒下に雪の山がいつまでも残ることもない。撮影にとっては厳しい寒さになって欲しいのだが、あと2週間ぐらいが勝負になりそうだ。雨上がりの朝、小さな花が咲いているのではと思い、目を凝らして裏庭を歩いた。春の先導役を務めるホトケノザ、オオイヌノフグリ、ナズナに這いつくばって挨拶した。

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ホトケノザ。水滴が眼のようでユーモラスになった

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オオイヌノフグリ。ポツリ、ポツリとしか咲いておらず苦戦

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ナズナ、別名ペンペン草。細くて草丈が短く、やっと見つけた

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名前が分からない。水滴に助けられた

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水道ピンチ

 坪野地区の簡易水道は太田川の伏流水をいったん山の中腹のタンクへ汲み上げ、各戸へ配水している。昨年末からタンクがある山の麓へ頻繁にトラックが出入りしている。作業している町職員は、「原因がポンプなのか水道管なのか分からないが、揚水量が落ちて補充しないと足りなくなる」と言う。1日の消費量は約40㌧、約8㌧を運んでいる。ライフラインだけに不具合が起こると先送りできない。「内勤作業が出来ないんですよ」と職員は嘆く。

 週末には工事に入るが、原因が特定できるかどうか。場合によっては多額の工事費用がかかる。建設から約40年、町内各地の水道施設の老朽化が進んでいる。人口減少が進む中山間地にとって、上水道の維持、改修は費用対効果の面でも大きな負担となるが、地域の存続がかかる問題だ。国土強靭化・成長戦略どころではない、全国で足元がぐらついているように思う。

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パイプは山の中へ伸びている(写真上)。トラックには0.5㌧のタンクが二つ、軽トラには一つ。往復20㌔をピストン輸送する

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寒い朝

 マイナス3度、冷え込みの朝。サッシが凍り付いて開かなかった。それほど強烈ではないが、庭や畑の植物に霜が降りていたので、あいさつ代わりに被写体を探した。が今一つ。住んでいる坪野では、枝が真っ白くなるほどの霧氷はほとんど期待できない。寒い朝の風景 はやっぱり芸北だ。

 広島地方気象台へ聞くと、県の北部と南部は行政区域で線引きしていると言う。瀬戸内海からの距離や標高ではない。坪野は瀬戸内海から直線距離で約20キロと近く、標高は120㍍ぐらいだが北部に入る。同じ安芸太田町内でも雪の量や季節の進み具合は、標高の高い深入山や恐羅漢に比べると大きく違う。広島の人から雪の量を聞かれ、閉口することがよくある。坪野は北部か南部かどっちつかずだから、気象情報も自分なりに咀嚼しながら聞いている。

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2141椿141281 

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上から広島菜、椿、梅のつぼみ  
 

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一言ふたこと/100年が凝縮した風景

 太田川のV字谷に集落が張り付いている安芸太田町に、メガソーラー発電所がある。新聞で建設を知ったとき、まとまった広い場所が想像できなかった。それは急な道路を登った山の上の「町民スポーツ広場」だった所にある。雲一つない青空が似合うのではと思い出かけた。全体が見渡せる高台へ行くと、日本の100年を凝縮しているとも言える風景が広がった。

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 農作業をしている老夫婦に話しかけると、「ようおいでなさった」とニコニコしながら「以前は畑や田んぼだった。中国縦貫道のトンネル残土を埋め立てて運動場になった」と説明された。日当りのいい南向きの斜面は耕作には最適だったろう。太陽光発電にも好立地だ。先祖が辛苦して切り開いた土地を、いっときの金のために手放さなかったようだ。地権者は10人いると言う。

 発電所に面して2軒あるが、1軒は昨年秋、高齢のため暮らせなくなり、住んでいるのは話を聞いた夫婦だけになった。薪や炭がエネルギー源だった時代は、仕事場に近い山の中の生活が理にかなっていた。エネルギーが石油や電気に変わり、木材が輸入自由化され、過疎化が一気に進んだ。高度成長、列島改造による高速道建設が山の中へ不自然な広い土地を作り、そして福島の原発事故。新しい風景の中には日本の現実があった。

 発電量は最大約2,000kw。天候に左右され、夜は発電しないから比較できないが、家の近くにある「吉が瀬発電所」の10分の1だ。発電思想が違うのだから換算する意味はないと思うが、原発1基50万kwだとしたら250ヵ所に相当する。私は原発を大艦巨砲主義の「大和」だと思っている。それに立ち向かったのが蚊のような無数の戦闘爆撃機だった。

 太陽光、風力、地熱に加え、将来的には波力、潮汐、海流もあるだろう。そして日本には2軒の裏にあるような山が、バイオマス発電の燃料を蓄えている。中東などへ流れ出る金が国内へ留まる。エネルギーの地産地消は時代を、地域を変える絶好のチャンスだ。そう思わせる天空の発電所だった。

◆お知らせ

カテゴリーに「一言ふたこと」を追加します。田舎からの視点や私が感じたことを書きます。文章が長くなりますが、ご容赦ください。

「楽農楽写Z」は2代目です。初代「楽農楽写」は 
                    http://rakunourakusha.sakura.ne.jp/blog です。

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若干不調

 年初めの安芸太田フォトクラブの例会は、作品数が少なめで、都合で欠席する人もいて少し寂しかった。先週の撮影会が悪天候だったことも影響したようだ。雰囲気がガラッと変わったのは、来月の撮影日を決めたときだった。8日か9日、晴れて放射冷却が期待できそうな朝、芸北・八幡へ出かけることになった。運を天に任すしかない。氷点下10度を下回る厳しい冬の美しさを見せて欲しい。初めて芸北で早朝撮影を経験する会員の目が輝いたのだから。 
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展示する写真を額に入れ、笑顔だがタイトルを考える苦しいときが流れている


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上位に選ばれた作品。右下は私の写真

左上=先月も出品された加計・草尾の日の出。今シーズン下見も含めて3回足を運んだと
    言う。チャレンジ精神に拍手。フレーミングで雲を半分切りたかった。

左下=春、秋に続き同じ場所が登場した。作者お気に入りのポイントだ。小屋が実にいい
    仕事をしてくれる。朝日が差すとき運悪く、雲が出てしまったそうだ。

右上=「雪だるまのほとんどは私が作ったのですがねぇ」と作者。お孫さんの表情がすべ
    て。カメラを下げ、画面いっぱいに捉えて無駄なものをカットして成功した。
 

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日差しにせかされ

 朝は冷え込んだが、昼には10度近くに上がった。暖かさを感じさせる日差しに、「そろそろ畑へ出ちゃぁどうかいね」と言われているような気分になった。あと1カ月もすれば堆肥が2㌧トラック1杯分届く。そのときのために、取り残した野菜を処分して耕運した。作業時間は約2時間、4時には日が傾きはじめて終了。閉じこもり気味になるこの時期、田舎ならではのちょっとした運動になる。

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2058耕運141231 
作業前と後。耕運機は小型でも6.5馬力あり頼もしい。「楽農」には欠かせない

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壁紙(芸北・奥原:14年1月22日撮影)

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壁紙(芸北・苅屋形:14年1月22日撮影)

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予想外れ(奥原など:14年1月22日撮影)

 気象情報をあまり信じてはいけない。昼からでも晴れるようなら芸北へ撮影に行こうと思っていたが、朝一番から雲がない。予想が外れるとどうしたらいいのか、一日のリズムが狂ったような感覚になった。ドピーカンの晴れでは面白くないが、それでも雲が出てスポットライトが当たる風景に出会えるかも知れないと期待して出発した。
 
 目的地は芸北でもあまり出かけてない才乙から雲月山方面。予想は外れるもので昼前からべったりと雲が張り付いて、小さな雪も降って来た。気を取り直し、「雪の下で眠ったような民家」に照準を合わせることにした。田舎で育ち、都会で暮らしている団塊世代以上の人にとっては、古里を思い起こさせるようなカットが撮れたのではと思う。

1981板村141226 

1990奥原141227 

2012土橋141229 

2039苅屋形1412211 
茅葺き型の屋根のほとんどはトタン葺き。雪が降ると茅葺き屋根に見えて、ときが一気に半世紀さかのぼる。1番下の写真は空き家、トタンが錆びて雪が滑り難くなっているのでは、と地元の人が言った。家の前の大きな柿の木が印象に残る。昔話の猿蟹合戦の舞台に似合う

1932滝山峡141223 

1939滝山峡1412213 
滝山峡の2点。凍っているのは部分的で、一段の冷え込みを待とう

1960王泊ダム141224 
王泊ダム。水位が10㍍以上も下がり写真になり難い。今年はアウトかも

1997奥原141228 
芸北に入って1回だけ、ほんのわずかに日が差した。急いで車を止め、被写体を選ぶ間もなくシャッターを切った

1975才乙141225 
この情景を見ると雪をラッセルしながらも林に入りたくなる。運よく雪が落ちてきた

2016土橋1412210 
雲月山の麓、カメラを頭の上へあげて撮った。民家があればほぼ完璧に除雪されている、たとえそれが数百㍍離れている1軒でも。大変な費用がかかるだろうが、除雪がなくなれば多くの集落は一冬で消えてしまうだろう。空き家が多く、高齢者が支える集落は、「美しい日本を取り戻す」などと、情緒的な演説をしているような状況ではない

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