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楽農楽写Z

西中国山地の風景だけを撮影する団塊男が定年後、広島県安芸太田町に休耕田付きの民家を借りて、田舎暮らしを楽しんでいます。豊かな自然を紹介しながら、地域の情報を発信します。       

秋の始まり

 カープ観戦あり、急用ありで、昨夜の安芸太田フォトクラブの例会出席者は4人になって寂しかった。こんなときは投票による選考はせず、順番に気に入った写真をピックアップして合評しながら、ロビーに展示する写真10点を選ぶ。コスモス、彼岸花、秋空、運動会、しわいマラソン、白菜の作付けなど秋を告げる作品が並んだ。家から遠くない場所での撮影が多く、身近に題材が転がっているのがよく分かる。田舎の風景や暮らしを撮る地元密着を大切にしたい。

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投票がないと番号札を置かない。集計はないので早く終わりそうだが、おしゃべりが弾んで時間はいつもとそれほど変わらない

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選ばれた作品

左上=豊平・長笹。山の上に高原状に広がる地域で、安芸太田にはない風景がある。秋の空
     を大きくとらえ、民家を小さく入れて集落の豊かさを表現できた

左下=主役は彼岸花だが、暗く沈んだ石垣がなければ写真にならない。石垣が日陰になり、
     彼岸花だけに日が当たる時間は短い。ワクワク撮影、地元の強みだ

右上=雨の日のギボウシ。しっとりした色合い。光線状態も良く、バックの処理が適切で花
     を一層引き立てる。凝らずに、素直に撮って成功

右下=造形的に部分を切り取って作品づくりを求める意見もあるだろう。が、地元の今を記
     録する意味ではこのアングルも必要だ。右上の空をカットしたい

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壁紙                                              (芸北・掛頭山:2019年9月25日撮影)

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幸運(掛頭山など:19年9月25日撮影)

 快晴無風の予報。芸北・掛頭山の雲海にはもってこいの条件だ。唯一、台風の影響で林道を倒木が塞いでいる恐れはあったが、午前4時15分に坪野を出た。林道には落ち葉や小枝が散乱、道へ突き出た木は切られていた。頂上には先客が一人、その人がノコギリで切ったと言う。もし、私だけだったら9号目あたりで引き返す羽目になっていた。気温は7度、無風、空気も澄み切っていて、雲海の出具合も良く、近年にない好条件だった。感謝、感謝。

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頂上には電波中継施設があり、点検の人が切ったのだろうと登るときには思った。そのときは見えなかったが帰り道、確かに切ったばかりのノコクズが残っていた。教訓、大風や大雪の後はノコギリ持参

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掛頭山。先客は一足先にお帰り。一人になると熊が恐ろしくなり、撮影場所へ車を移動した

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霧が谷と千町原で霧を期待したが、思うようには湧きあがらなかった。流れも早く消化不良

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長者原。いつもモデルになってもらう民家。周囲の田はきれいに耕運されていてホッとした

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定点撮影していた長者原の廃屋は解体・撤去されていた。無くなると寂しいが、持ち主は肩の荷が下りただろう


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2017年2月21日撮影

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2018年8月3日撮影

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2ヵ所で展示替え

 加計商店街に事務所を置く青年海外協力協会中国支部の事務所と旧JR加計駅の跡地にある交流施設「かけはし」に展示している写真を秋バージョンに展示替えした。ともに安芸太田町に風景写真で計14点。ストックがあると言ってもあまり古い写真は風景が微妙に変わっているので展示できない。せいぜい3年前ぐらいまでだ。コンスタントに撮影していなければ、種切れになったり、レベルが落ちたりする。常設展示はいい意味で尻を叩いてくれる。

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青年海外協力協会中国支部(上)と「かけはし」。中国支部は季節ごとに年4~5回、「かけはし」は四季8枚と吉水園の9枚を年2回展示替えしている

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敬老会

 坪野地区の敬老会が開かれた。亡くなったり、出席が難しくなったりされた方があり、参加者は次第に減って18人。お世話係の方が多い。若いと言っても10年以内には多くの人が仲間入りするのだから、区別する意味はさほどない敬老会とも言える。今年は大改革があった。弁当は食中毒を防ぐため持ち帰り禁止で小さくし、減額分を商品券にした。出席者特典としてささやかな果物セットをお土産にした。時間も1時間半に短縮して負担軽減を図った。

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今年から始めたお土産の果物セットを用意(写真上)。女性陣は受付と案内(同下)

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77歳の新入生に記念品贈呈。男性は地区協の体育部長、女性は「朝市さとやまの会」メンバーで現役バリバリ

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弁当は小ぶりになった。味噌汁はインスタント。それでも足りない感じではなかったように思う。ヒアリングしたい

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締めで盛り上がったのは神楽。近くの安野神楽団、昨日と今日で地元の3地区の敬老会へ出向いている。ありがたい若者たちの心意気だ

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それぞれの花

 一風変わった写真展のDMが来た。普通、個人名やクラブ名、〇〇〇写真展などのタイトルが付くが、「それぞれの花」としかない。レイアウトされた写真は4点で、グループ展だとはわかった。7人がそれぞれの視点で撮った作品を自由奔放に展示している。古くからの知り合いだそうだ。評価は分かれるだろうが、オムニバスのようで楽しい。不定期で次回開催は未定だ。釘付けになったのは宮内民生さんの寂れた商店街、加計と戸河内の廃業店舗が多く並ぶ。

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若い人の姿が多かった。作者が所蔵している古い写真集も並んでいる。旧日本銀行広島支店(中区袋町)。19日まで、10時から19時、最終日は17時まで

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さんけん新聞 28号

 通常、原稿の締め切りは5日にしている。今月号は、私の旅行とぶつかったので、決まり物の「南峰と歩く」「この人」「一口メモ」の3本は8月25日にしてもらった。旅行前に記事を組み込んでピークを切り崩した。他の原稿は6日の締め切りにしたが、入稿は遅れ気味で不明部分の確認にも手間取り、校了は今日の昼前にズレ込んだ。何とか10日の発行日に間に合った。現役時、カープの試合終了が夜10時半を過ぎて、制作現場に火が付いたのを思い出した。
さんけん新聞 2019年9月号確定版2_page-0001箱物の小見出しの位置は微妙だ。「南峰と歩く」の最初の小見出しの前の行数は最低10行が必要だ。9行だと2段目の頭に見出しが来るので格好が悪い。8行では2行分のスペースが必要な見出しは入らない。7行だと1段目の尻になるのでこれもアウト。6行になって1段目に入ると全体のバランスが悪い。今号の原稿の最初の段落は9行だった。三ツ滝は知っているので、筆者に相談せず勝手に1行増えるよう加筆した。2本目の小見出しでも同様の調整が必要になる。アヒルの水かきのような作業だ

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藤森会 in  八戸 & 北東北

 新聞労連中央執行委員の有志が旅する「藤森会」が青森・八戸で開かれた。19回目。6泊7日の北東北ドライブツアーを組んで藤友夫妻と参加した。旅行前、気象情報に晴れはほとんどなく、大苦戦を予想したが、傘を使ったのは仙台駅からレンタカー店までの約200メートルだけだった。高速道から見た東北の印象は「山が遠く、広いなぁ」。実りを前にした田んぼが続き、穀倉地帯を印象付ける。走行距離1000㌔超、少々お疲れ。次回は軽井沢・信州。

写真中心ですが長くなります。飛ばしながらどうぞ。

1日目・8月30日(盛岡泊)
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盛岡へ一直線。岩手銀行赤レンガ館。東京駅を設計した辰野金吾が設計、1911年落成。当時の重厚なしつらえがそのままに残る。大恐慌や冷害、戦時、金融危機、銀行の統廃合の歴史が展示され、平坦ではなかった東北経済をうかがわせた

2968青春館198302 
もりおか啄木・賢治青春館。作品や直筆の手紙、年表などが並ぶ

2日目・8月31日(八戸泊)
藤森会へ合流
2975小岩井農場198311 

2980小岩井農場198318 
小岩井農場。牛舎見学など酪農コースのバスツアーに参加。乳牛大好きの社員さんがガイドした(写真上)。柔らかな口当たりのソフトクリームをペロッ

2981八食センター198312 

2991八食センター198313 
八戸・八食センター。昼食は海の幸、1500円の予算を組んでいるが若干オーバー(写真上)。早速買い物、「尾崎商店」の縁で干物を購入、少しサービスしてもらった。「以前、静岡の尾崎さんにも買ってもらった」と店員さん

3019是川縄文館198314

3005是川縄文館  
是川縄文館。藤森会の皆さんと合流、国宝の土偶を見入る(写真上)。保存状態のいい土器や土偶、漆が塗られた弓など、高度な文化や技術、北海道や信州などとの広範囲な交流の解説を聞き、縄文のイメージがガラリと変わる(同下)

3035宴会198315 

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宴会は八戸市内の店。せんべい汁はもちろん、たっぷりの料理に満足。開会挨拶する藤森さん(写真上)もやっと来年3月、大学を退職する。「何の制約も、利害関係もない藤森会があって良かったとつくづく思う」と、肩の荷が下りたようだった

3日目・9月1日(青森泊)

3072朝市19912 

3075朝市19911 
八戸・館鼻岩壁朝市。あまりに規模が大きすぎ、人が多すぎてゆっくり買い物という感じではない。はぐれてしまい、一人でせんべい汁のテントへ入った

3084航空館19913 

3091航空館19914三沢航空科学館。三沢基地の近くだから軍事色はあるが、初めて太平洋を横断した単発機やYS-11の説明が中心だった。ゼロ戦の優秀性と弱点の両方が的確に表示されていた

3100 寺山館19915 
寺山修司記念館。若いころ、
本屋で手にしたが分かり難い文章で買わなかった記憶がある。ただ、独特のしゃべりや理解できたような気になる論法にひかれた。展示も独特だった。若者の来館があるという

3117バラ焼き19916 
十和田名物のB級グルメ・バラ焼き。玉ねぎとバラ肉を焼くだけだが、焼き方に独特の作法があり、秘伝のたれがポイント。当然タレをご購入

3126現美19917 
十和田市現代美術館。展示室に入ると身長4メートルの女性が迎えてくれる。肌もしわも、顔つきも、生きているようだ。別世界の作品・表現が続き、鑑賞後は頭の回路が混乱したかのような感覚になった

3138奥入瀬19918 

3148奥入瀬19919 
奥入瀬。バスで通過、1カ所で短時間散策した。川沿いの道路は車が多く、観光写真のイメージとは遠い。正直、三段峡は負けていない。秘境感では明らかに勝っている、と思う

3153十和田湖199110 

3155十和田湖199111 
瀬戸内海を見ているような感じの十和田湖。私たちはここでお別れ「ではまた来年」

4日目・9月2日(弘前泊)
3160棟方館19921 
棟方志功記念館。本人の希望により、作品数は多くない展示になっている。作品を前にすると、棟方ワールドの力強さに飲み込まれてしまう

3180ワ・ラッセ館19922 
「ねぶたの家 ワ・ラッセ」。立体感と鮮やかな色、迫力ある表情は現物を見ないと実感出来ない

3182のっけ丼19923 
昼食は魚菜センターの「のっけ丼」。100円単位のチケット綴り1300円分を買い、市場に並ぶ好みの食材をご飯に乗せていく。高級感はないが面白いシステムだ

3189三内丸山19924 

3213三内丸山19925 
三内丸山遺跡。私たちの年代が歴史で習ったのは何だったのだろうか、縄文人が決して未開の人たちではなかったのは理解できた。だが、出土物や遺跡から当時の様子を断定できないもどかしさが残る

3227立佞武多19926 

3240立佞武多19927  
五所川原・立佞武多の館。高さ22メートル、土台が小さく上が大きいので覆いかぶさるような感じで迫力に圧倒される。地域に根差した文化はかけがえのない財産だ。佞武多の「佞」は人偏に漢数字の二、下に女を書く。「佞臣(ねいしん)」は主君にこびへつらい、よこしまな心の臣下の意味だと、漢字に詳しい長男に教えてもらった。なぜ、この字を当てたのだろう

5日目・9月3日(新玉川温泉泊)
3248弘前城19931 

3253弘前城19932 

3255弘前城19933 
弘前城。引っ越し中の天守は寂しそうだった(写真上)。堀の向こうに岩木山がどっしり構えていた。岩木山を見たかっただけに私にとってはベストポイント(同中)。桜の大木は弘前城ならでは。管理が行き届いている(同下)

3257白神山地ビjター19934 
西目屋村の白神山地ビジターセンター。白神山地の森、動植物を紹介する映像を鑑賞した後、展示コーナーへ。低層から高層までの林の解説を見る藤友夫妻

3267りんご公園19935 
弘前市りんご公園。昼食はりんごカレーとりんごパイ。少女像と岩木山 を入れて撮影。中国か台湾か、外国人が多い。「日本人ですか」と確認してシャッターを頼んだ

6日目・9月4日(仙台泊)
3272田沢湖19941 
新玉川温泉から大曲への途中、田沢湖畔をドライブ。たつこ像が静かに迎えてくれた

3276稲庭うどん19942 

3279稲庭うどん19943 
稲庭うどんの佐藤養助総本店。手作業で選別しているとは驚きだった。江戸時代から続く一子相伝の技、心を見たような気がした

3283大噴湯19944 
仙台への帰路、小安峡大噴湯を通過した。60メートル下の川底なので、橋の上から覗き込んだ。冬だと湯気がモウモウと上がるのだろう

3287仙台宴会19945 
最後の夜は、宮城県民になっている長男がセットし、豪勢な宴になった。刺身の盛り合わせは品数も量も広島では見られない多さだった

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